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2 Comments
20091012021

車両銘板を読むことができたらいいな・・・
鉄道に興味を持ち始めた頃、私はいつもそう思っていました。
いろんな方のサイトを閲覧したり本を読んだりして、最近はやっとなんとか(少しだけですが)
いつ製造されて改造されたのか・・・などがわかるようになってきました。
今回は、イベントの展示車両で日本車輌製造さんの製造銘板を見て、キハ185系を製造されたメーカーさんは、鉄道車両とどのような歴史を重ねてこられたのだろう・・・そのことが気になって調べたくなりました。

日本車輌製造は、明治29年(1896年)名古屋市に設立されました。設立当初は、客貨車の製造を行っていましたが、まもなく蒸気機関車の修理を請け負うようになりました。これが縁で大正7年に貝島礦業向けBタンク機関車を新製したのを皮切りに、以後産業用、軽便鉄道用などの小型蒸気を造り、大正11年からは国鉄標準機である8620形の製造を行いました。
ここで・・・私は58654号機の台枠を新造してくださったのが日本車輌製造さんだったことを思い出しました。
そうです・・・SLあそBOY時代にきつい勾配を走り続けていたので台枠に歪みが発生して劣化していたらしく、復元作業では台枠の新造をと考えられていたのですが、8620形は大正時代に製造された機関車・・・図面や製造に関するさまざまな面で難題があったようですが、それを引き受けてくださったのが日本車輌製造さんだったそうです。
それは、図面がそろっていたことや熱意ある技術者の方がいらっしゃったから・・・ということで、過去記事でも少し触れましたが、技術者の方の 『最終的には、大正時代につくれたものが、今つくれないわけがない・・・ということです。』 この言葉を本で読んだ時に、私はとても感動してしまいました。
技術者であることの誇り・・・本当に素晴らしいと思いました。

過去に58654号機の記事を書いた時にはそこまで感じ取れなかったことでしたが、今回調べたことから台枠をつくってくださった経緯が ここ(大正11年からは国鉄標準機である8620形の製造を行っていたこと)にもつながっていたのだということを知って、鉄道への想いがいろんな形で膨らんでしまった週末でした。

あ・・今読み前してみると・・・ついついハチロクのことに夢中になって書いてしまったみたいです・・。m(_ _)m
タイトルから外れてしまったような・・でも、「いろんな想い」なので・・。(^^;

日本車両ミュージアム・・・
イベントの記事・・・続きます。
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sara
Posted bysara

Comments 2

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南八尾電車区  
”鉄分”補給・・・

 こんばんは。
 今回の記事、私も読んでいて胸が熱くなりました。
 この情熱があったからこそ、蒸気機関車「58654」号の復活に繋がったんですね。
 そして、そのことが、次世代新幹線車両「N700系」の開発などにも繋がったことでしょう。

 今回の記事は、ある意味、十分な”鉄分”補給となりました・・・サンクスです!

2009/10/17 (Sat) 19:59 | EDIT | REPLY |   
sara  
南八尾電車区さま、こんばんは

とてもうれしいコメントを残していただきましてありがとうございます。m(_ _)m
自己満足100%の記事なのですが、キハ185系の車両銘板が気になって・・調べてゆくといろんなことに繋がるその不思議さ・・・いえ、鉄道の素晴らしさに1人で感動してしまって・・。そこには必ず鉄道と人々の想いが繋がっていることにココロが動いてしまった私でした。
このことを記事にしようかどうしようかと考えたのですが、もしかすると世界中のどこかに共感してくださる方がいらっしゃるかもしれない・・・そんな気持ちから勇気を出して書いてみました。
こんなちいさな記事に、「ある意味、十分な”鉄分”補給となりました・・」こんなに素敵な言葉を残していただいたこと、本当にうれしくて、自分の想いを書いてよかったなって・・心から思っています。
ここのところいろんな意味でいろいろと忙しく、私自身ストレスでまた体調を崩しそうな毎日でしたが、なんだか元気が出てきました。こちらのほうこそありがとうございました。m(_ _)m

実は、先ほど訪問させていただいたのですが、やはりまだコメントを残せなくてすみません。m(_ _)m こちらからコメントもできませんのに、いつも覗いてくださいまして本当にありがとうございます。これからも細々と頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2009/10/17 (Sat) 20:22 | EDIT | REPLY |   

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