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9 Comments
私は、「ブルートレイン」に乗ったことがありません。
そして、食堂車も利用したことがありません・・・。
これまでいろんなサイトや本を見て、車内で食事をするってどんな感じなんだろう・・・楽しいだろうなぁ・・そう思っていました。
そんな私の気持ちを察してなのか、今回の交通科学博物館見学で、息子が友人を誘って入ってくれたところが・・・こちらでした。
ナシ20形食堂車
交通科学博物館
食堂車として初めて電化キッチンがついた車両だそうです。(それまでの車両は、石炭レンジだったみたいですね。)

車内はこのような感じなのですね。(気のせいかな、天井が高く感じます。)
今は展示されているから動かないけれど、走っている時はどのくらい揺れたのかな・・。
交通科学博物館
息子がお友達と食べたポークカツ。(お味の方は・・・ここでは内緒にしておきますね。)
あ、だけど、↑の写真の左のテーブルにいいもの見つけた!
交通科学博物館
拡大すると、これは、0系のおこさまランチプレート!
(私だったら、迷わず これ↓にします・・・。)
0系のおこさまランチ

0系。
交通科学博物館

高速夜行バス「ドリーム号」名前が素敵ですね。
交通科学博物館

私も夢を持って、いろんなところへ行きたいと思います。
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sara
Posted bysara

Comments 9

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line  

まだ弁天町の博物館は行ったことが無いので、どんな車両が保存されてるのかも知らなかった。ナシ20が実際に営業中なんですね。
ブルトレの食堂車はナシ24ですが「はやぶさ」で利用したことがあります。昼間の特急では新幹線も含めて結構利用してましたねぇー。窓側に置かれてた一輪咲きの花が路線ごとに違ってて車窓と共に楽しませてくれたのを思い出します。

2011/06/04 (Sat) 17:53 | EDIT | REPLY |   
鉄なおじさん  

こんにちは。あ、そろそろこんばんはの時間ですかね。
季節の変わり目で気温の変化も激しかったりしますので、お体を大事にしてください。気候ストレスって、馬鹿にできないようです。
>気のせいかな、天井が高く感じます。
以前14系寝台車をご覧になりましたよね。寝台の高さを稼ぐために、屋根が車輛限界近くまで高くとってあるんです。普通、冷房機は車輛の中央に乗っていますが、寝台車では車輛の両端に乗せてあります。
食堂車も寝台車と大きさをそろえてありますから、他の車輛と比べて天井が高くなるんです。
ちなみに、今残っている“北斗星”と“トワイライトエクスプレス”の食堂車は、電車の食堂車からの改造なので天井は普通の高さです。
編成が写っている写真を見るとわかりますが、食堂車のところだけ車輛形状が違います。
それから、下の記事の運転席とその下の車内の写真ですが、たぶんキハ81系ではないかと。その上の電車は101系かな?。私も行ったことがないので推測ですが。
いつか交通科学博物館へ行けるといいですね。そのときは、梅小路の蒸気機関車館もセットでおすすめいたします。夢を大事にしていると、きっといつかかなうものだそうですよ。

2011/06/04 (Sat) 18:27 | EDIT | REPLY |   
鉄なおじさん  

再度お邪魔いたします。
私も食堂車は利用したことがなかったな…と考えていたら、食事をしたことはないけれど、乗ったことはあるのを思い出しました。
1999年の2月、友人と二人で名古屋から鳥栖まで“さくら”に乗車したのですが、営業を中止した食堂車がロビーカー代用のような形でまだ連結されていたのです。
名古屋22時31分発だったので、向かいの寝台のお客さんはもうお休みになっていました。それで、友人と食堂車でしばらくおしゃべりをしていました。
椅子は写真のようなしゃれたものではなかったです。内装は、だいぶ手を入れているような感じですね。
あと、お子様ランチって、年齢制限があるところもあったような。以前友人が注文して、丁重にお断りされていたような記憶があります。
もう一つ追記。“北斗星”と“トワイライトエクスプレス”の食堂車が電車の食堂車からの改造なのは、14系・24系の食堂車がまだ現役ですべて使われていたのと、在来線特急電車の食堂車が廃止で余っていたからです。

2011/06/04 (Sat) 23:09 | EDIT | REPLY |   
萬世橋  

こんばんは。
お加減如何ですか。食堂車と言えば、オシ17、ナシ20形が窓の「背」(縦寸法)が高く、電車、ディーゼルや14系以降のニューブルトレに比べて車窓が楽しめたような記憶があります。
東京~(西)鹿児島間だと特急(主に「富士」)で3回、急行(主に「霧島」)だと4回食事機会がありましたが、今は昼食を済ませて新幹線に乗ると遅い夕食の前に終点に着いてしまうので食事機会そのものが激減してしまい、スピードアップが旅の楽しみの車内食事の機会を減らしてしまいましたね。ナシ20形での食事にお出掛けの折は往復の列車が食事時間帯にかかるようにお勧めします。ただ日中兵庫県内通過中は景色もお楽しみ下さい。話題変わりまして…キハ81をカメラにおさめた息子さんに拍手を送ります。ディーゼル特急のパイオニアで東北地方に新風を送り込んだ名車、余りの少数派で紀勢線で引退した際も地味だったのですが、その車両をしっかりおさえられたことに頭が下がります。
東北地方初の特急列車「はつかり」でデビュー、その後青森に発着する特急列車は「はくつる」、「白鳥」と“は”で始まっていました。そして「はやぶさ」、鹿児島県から青森県まで走る唯一“日本をつなぐ列車名”になりま

2011/06/05 (Sun) 00:48 | EDIT | REPLY |   
萬世橋  
途中で切れてしまいましたので…

再度お邪魔致します。
「はやぶさ」という名前、列車では鹿児島から青森までつなぎ、震災後の新幹線運転再開では、沿線ウェーブも起こるなど心も繋ぎましたね。また惑星探査機「はやぶさ」の奇跡的帰還が多くの人に感動と勇気、希望を与えてくれたことが記憶に新しい中、息子さんがカメラにおさめて下さったキハ81、「はつかり」形として東北地方に明るい未来を予感させた時代をイメージ する本当にタイムリーな画像でした。
併せて「くろしお」で引退したキハ81の画像が東北地方の力強い復興の「潮流」になることを願ってます。長いコメントで失礼しました。m(_ _)m

2011/06/05 (Sun) 09:23 | EDIT | REPLY |   
sara  
lineさま、こんにちは

コメント、ありがとうございます。

交通科学博物館にはEF52が保存されているので、必ず撮ってきて欲しい・・そう思って、息子の手帳にしっかりと書いていたのです・・。
屋根とか台車とか、他にはわからなくてもいいからいろんな角度から撮影してきて・・って。その写真を見ながら本と照らし合わせて自分の中で旧型電機の歴史につなげるつもりだったのです・・。
唯一のD形の旧型国産機ED16は、EF52をモデルに(一部の補機類はEF53と共通)しているということだったので、なお更いろんな角度から見たEF52の写真が欲しかったというか・・・。いつかED16を見に(青梅鉄道公園に)行きたい気持ちがあるので、それまでにいろんなことを調べておきたいと思いました。

>ナシ20が実際に営業中なんですね。

そうなのです。今はもう走れないけれど、このような形で営業してあるのはうれしいことですよね。

>窓側に置かれてた一輪咲きの花が路線ごとに違ってて車窓と共に楽しませてくれたのを思い出します。

その光景、わかります・・(^^)本で見ました。
列車の中なのに、なんて素敵なんだろうって・・・。
素敵なお話しをありがとうございました。

鉄なおじさん さま、こんにちは

コメント、ありがとうございます。

コメントを読ませていただいて天井が高い理由がよくわかりました。
内装は当時とは少し違うのですね。
お子様ランチ・・・そうですよね、こちらでも年齢制限があったような気がします。

あの写真は、キハ81なのですね。実は、前面の窓がチラッと見えていたので、あの形から機関車かな・・と思ったのですが、運転台の様子からなんだか違うような・・そう思っていたのです。(息子に聞いても、どれだったか忘れた・・という感じで困っていました。)
電車は、101系なのですね。HPの展示車両の中には無かったので気がつきませんでした。
いろいろと教えていただいてありがとうございました。

萬世橋 さま、こんにちは

コメント、ありがとうございます。

過去に何度も食堂車をご利用になられたのですね。
車窓を楽しみながらのお食事は、心の栄養にもなりますよね。
(スピードアップが食堂車をなくしてしまう切っ掛けになったというのは寂しい気持ちもしますが、悲しいかな私の場合はスピードアップのおかげで鉄道の旅ができるようになったという感じです・・。)

息子は鉄道ファンではないので、車両を撮影するのは本当に苦手のようですが、展示してある車両は動かないのでなんとか・・といいたいところですが、やはり傾いてしまう・・と嘆いておりました・・。(^^;
だけど、ここまで撮影してくれた息子と それにつきあってくれたお友達に感謝しています。

2011/06/05 (Sun) 14:57 | EDIT | REPLY |   
鉄なおじさん  
またまた補足です。

こんにちは。
運転台で機関車か電車または気動車かを見分ける方法を書きます。ただしツーハンドル車限定。
マスコンとブレーキ弁はわかりますよね(あの写真だと、手前に写っているのがブレーキ弁です)。
電車や気動車は、右手でブレーキを扱いますので、ブレーキ弁は右側です。右利きの人が多いので、とっさの時に扱いやすいよう右側になったということらしいです。
機関車の場合、客車や貨車に連結する際にバックで進みながらブレーキをかけるので、左側の窓から顔を出して、誘導係の人の旗を見ながらブレーキ弁を扱います。なので、左側にブレーキ弁があります。
ちなみに新幹線は、機関車にあわせたとのことで、ブレーキ弁は左側です。
あと、101系はあまり自信がありません。もしかしたら103系かも。
>前面の窓の形が左右少し違うような
103系は車室内から見て右側に乗務員室の扉があるので、左右が違います。101系も同じだったろう、というのと、JR西では103系がまだまだ現役なので、というのが101系と考えた理由ですが、関西でも101系が走っていたかどうか記憶がないので、どなたかフォロー願います。
キハ81は、九州ではなじみが薄いかもしれませんが、実は接点があるんです。
“はつかり”でデビューした当時、トラブル続きで技術者の方達が大変苦労をされたそうですが、そのお一人が石井幸孝さんなんです。

2011/06/05 (Sun) 16:57 | EDIT | REPLY |   
萬世橋  
関西兼の101系について

お知らせします。
1960年代初めには大阪環状線で、1970年代の奈良線電化時点で走っていたと思います。ただ引退の時期が定かではありません。キハ81よりは長く活躍したのでは?とは思いますが…。私も機会があれば確かめに行きたくなってきました。

2011/06/05 (Sun) 21:35 | EDIT | REPLY |   
sara  
鉄なおじさんさま、こんばんは

いろいろと教えていただきましてありがとうございました。m(_ _)m

後日、画像と照らし合わせて確認したいと思います。


萬世橋さま、こんばんは

教えていただきましてありがとうございました。m(_ _)m

2011/06/06 (Mon) 22:33 | EDIT | REPLY |   

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