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6 Comments
本当は、過去からの歴史に沿って記事を書いていこうと思っていたのですが、ちょっと時間的に難しいこともあったりするので、いろんなサイトを閲覧していて「あ!」っと思った時に、関連したことを書きたいと思います。(実は、今日・・ED73の記事を閲覧させていただきまして、同時期の機関車のことを書きたくなりました。)

今回は、ED74のことです。
昭和37年・・
九州ではED72の貨物版ともいえるED73(九州のED73はED72と外観はソックリですが、
貨物用なのでSGと中間台車が無いぶん車体がコンパクトになっています。)
北陸ではED74が登場しました。

北陸の標準旅客機になるはずだったED74・・・だけど、その6年後には九州にやってくることになった経緯を知って、本の中の写真で見たその姿を実際に見てみたかったな・・・そう思ってしまった私でした。
金沢電化時には、旅客用の電気機関車が不足すると予測・・・ED70形の増備とED74形が
製造され、旅客列車や貨物列車牽引で活躍しました。
ところが、その後の電化計画により貨物輸送の増強などを考えると、機関車の増備はEF70形
一形式で運用した方が良かったのでしょうね←(旅客・貨物共用)・・その結果、ED74の製造は6両で終わりました。

旅客専用となったED74・・・だけど、6両では運用効率が悪いため、昭和43年に
大分運転所に転属。
実は、私・・・北陸で活躍する予定だったED74、この時はどんな気持ちで関門を越えてきたのかなぁ・・・
そう思っていたのですが、関門を越えた先に見えたものは・・・。

九州では、客車は蒸気暖房を使用していたのですが、ED74には蒸気発生装置(SG)が
ありませんでした。(ED74は、電気暖房装置(EG)搭載)
なので、SGが不用な集中電源方式の特急列車や貨物列車の牽引で活躍することになったのです。
ということは、そうなのです・・・寝台特急「富士」や「彗星」を牽引したのですね。
(昭和50年にはED76に譲り、その後は貨物牽引。)
ヘッドマークを付けて走るその姿は、きっと凛々しかったでしょうね。
場所は違っても元気で活躍してくれたこと・・・そして、九州の地で走ってくれたこと・・・
今回、私は 車両の生い立ちを調べながら、何かしら心に残るものがありました。
(いろんな想い・・です。o(*^^*)o)

最後に・・・ED74は、1982年(昭和57年)に全車廃車となり、
その後解体され保存車は無いそうです。
実物・・・見たかったです。


電気機関車のこと、他にも書きたいことがたくさんあるのです。
機関車の構造だけでなく、一つの機関車の生い立ちを知って
心が大きく動いてしまうことも多いです。
体調や時間の関係でたまに・・それもこのように少しずつですが
機会を見つけては書いてゆきたいと思っています。
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sara
Posted bysara

Comments 6

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line  

ED74は現物も見られなかったです。顔つきはEF80の1次形と同じかな。
昭和53年には運用離脱してたようなので、ちと時期的に厳しかったようです。今さらながら悔やんでもしょうがないのですが、ED70からED79までの続番で74だけが撮れなかった唯一の機関車だったんです。

2011/02/07 (Mon) 19:45 | EDIT | REPLY |   
sara  
line さま、こんばんは

ED74・・EF80に似ています。(^^)
運用離脱したのは昭和53年だったのですね。(そこのところまで気がつきませんでした。教えていただいてありがとうございました。)

ED70からED79までを撮影されていらっしゃったのですね。
すごいです・・。
機関車の歴史そのままを写真の中に残されているのですね。

コメント、ありがとうございました。m(_ _)m
(ED73、ED74にも会いたかったです・・。タイムマシンがあったらいいなって思います。)

2011/02/07 (Mon) 20:12 | EDIT | REPLY |   
ONDA201  
EF70も

こんばんは

その北陸の主役になったEF70も晩年一部の車両が九州で活躍しました。歴史は繰り返すといいますが、不思議でもありまた面白いものです。

2011/02/07 (Mon) 22:34 | EDIT | REPLY |   
sara  
ONDA201 さま、こんばんは

EF70も九州にきていたこと・・・知りませんでしたi-201。←冷や汗i-201
教えていただいてありがとうございました。m(_ _)m
今、検索して調べてみました。
EF81が活躍し始めて、EF70は九州にやってきたのですね。
(ED72とED73の置換用に・・?)

>歴史は繰り返す・・・
本当に、その通りですね・・。(^^)

コメント、ありがとうございました。m(_ _)m
(EF70は「碓氷峠鉄道文化むら」に保存されているのですね。)

2011/02/08 (Tue) 17:31 | EDIT | REPLY |   
Mc791-1  

ED74は時代の流れの中で翻弄された機関車ですね。
根本的に北陸線と九州内では暖房方式が一般客車の終焉まで違ったままなので、それも活躍が短命に終わった一因ですが。
EF70も同様ですが、こちらは貨物などが減少する中で力を持て余し、入線できる線区も限られることから運用面でも主力になれませんでした。
列車運用が減ってくると九州内では電化区間ならどこでも走れるED76への機種統一が図られてゆき、それぞれ早々に消えてゆきました。
本来の使用目的を失った機関車の第2以降の人生は、十分に活躍できる場をえられないことが多かったですね。

2011/02/09 (Wed) 20:38 | EDIT | REPLY |   
sara  
Mc791-1 さま、こんばんは

>本来の使用目的を失った機関車の第2以降の人生・・・

当初予定されていた計画通りには進まないこと・・・
それは車両も人の人生も同じですね。(^^)
だけど、次に与えられた場所で走り続けてくれたこと・・
そして、長くはない期間でも活躍してくれたことは
これからも歴史の中の一つとして残るのですね。

ED74の生い立ちから、いろんなことを想いました。
コメント、ありがとうございました。m(_ _)m

2011/02/10 (Thu) 22:57 | EDIT | REPLY |   

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